monthly diary 2010 /☆Go to Index Page☆/

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2010.12
いいものを感じる

2010.12_01

香りの話題になり,柑橘系の匂いが,親近感が有り,落ち着き,唾液が湧いて,気持ちが高ぶるから,好きだ,と告げた.程なくして,彼女はMillefioriのPompelmo(グレープフルーツ)をくれた.気が利いた贈り物である.喜ばれる贈り物の閃きと蓄えがあるのは,よい経験の積み上げのみのなせる技であり,素敵である.コケティッシュであり,少しエロい.幅広い興味を持ち,程よく興味と時間を注ぎ込み,ものやヒトを見る目が洗練されていく.何気ないウィンドウショッピング,旅先での土産物屋の物色,ふと目に留まる「いいもの」,街を歩いていてぴっと感じる「いい女」,仕事や飲み屋で話し始めてすぐに伝わってくる「ヒトとなり」,身銭をきって,なかなか今年は物事の見極めに磨きがかかった実感がある.でも,相変わらずぬるま湯に浸かりぬる燗をちびちびとやる,居心地の良さに甘え,決断力はまるで発揮されなかった.これが2010年の短評として,しっくり来る.甘えに甘える我がココロ.

2010.12_02

月初めに大雨が降った.県道の一部は自動車のタイヤを上回る水かさが溜まった.土木(どぼく)工事の肝要さを改めて感じる.スペインの世界遺産「エルチェの椰子(やし)園」では,1000年以上前に構築された灌漑(かんがい)システムが,今でも稼働していることを思い出した.中高と,歴史において治水の重要さを習ったが,嫌味と感じる程度の自然の猛威には,これが身にしみる.お手上げ,どう抗っても諦めるしかない災害には,むしろ何も感じない.今の技術をもってしても,水はけにはムラがあるのだ!.さて,本当にそうなのだろうか!?,と思う.歴史的には,当時の最先端の技術を駆使しても,大雨と言う言わば日常的な自然の猛威になす術が無かった.今は,突発的な地震や断続的な温暖化には苦慮しながら,大雨に対抗できる技術力はあろう.しかし,職人に,相対的に見れば,生き甲斐や真剣さがそぎ落ち,隅々まで行き届くような行政の計画が無くなった.そんな気がする.結局,ぬるま湯に浸かりぬる燗をちびちびとやる,居心地の良さに甘え,心底誇りを持てる仕事をする職人が減ったのだろう.豊かさが奪うどん欲さ.

2010.12_03

晩酌.越乃景虎の「甕酒」本醸造・にごり酒を,柄杓ですくい,椀ですする.つまみは,通し程度の少量で,我がペースで酒をすする.ひたすらに,すすり続ける.沈思黙考,すする.テレビに目をやり,ガハハ笑いの後,少し間を置いて,すすり,一人ドヤ顔を浮かべる.今年は,酒を切らさなかった.ただの一日も酒を飲んでいない日はない.日本酒換算で,平均すれば3~4合の酒を,ゆっくりゆっくり,くゆらくゆら,ひたすら傾け,喉を潤し,文字通り毎日すすった.健康に支障があった気がするけれど,幸いにも風邪や病気はしなかった.一日も欠かさないという決意の義務化が後押ししてか,飲みたくない日は皆無だった.ゆらりゆらりと酒を傾け,器をクチビルに厚ぼったくあてがって,舌のざらめき,ほっぺの丸みを滑らして,喉を軽やかに通し,食道を豪快にくぐらせて,臓器に流し込む!それを,2010年は続けて来たのだ.一人ドヤ顔.

2010.12_04

続いて,神奈川が誇る銘酒,泉橋酒造の「特撰 純米大吟醸 いづみ橋 山廃仕込み」を椀に注いで,傾ける.芳醇な香りの後は,きりっと一本線が通った味わいを見せ,余韻はほどほどに,後味はすっきりしている.夜長,たっぷりと時間をかけて,少量ながら厳選したつまみを傍らに,一年を振り返り,反省と言うよりもよかった出来事を拾い上げ,素敵な思想の連鎖を頭に巡らせて,気づいたら酒が進み,時が経っている,そんな風に飲むのによい酒である.
俳優・水嶋ヒロ/作家・齋藤智裕の処女作「KAGEROU」は,乙一の作品に近いと感じさせた.とは言え,乙一に比べて切れ味が無い比喩を連呼し,村上春樹が「1984」の冒頭で,その分野にある程度首を突っ込んでいる読者でなければ初見であろう”ヤナーチェク”を引いたのに対し,”村上春樹”や”フェルメール”と言った,一般常識として名が通った大御所の名ばかりを散りばめていた.そして,安直で飛躍的で非現実的な後半の展開を読み,これが現代の,(私と同じ)20〜30代の水準であり,やっぱり数10年前の作家が今書いたり,数10年前に20〜30代の作家が書いた作品に比べて,奥行きを欠き,安く感じた.「神は細部(ディテール)に宿る」,年季が入った日々の観察の賜物である描写や,心情を丁寧にすくいとることで,文字通り,話を細い細い糸で1本1本緻密に紡いでいかなければ,結局のところ,小説家の底は知れて読めてしまうことが多い.そして,一度,安易な比喩と,ドラマチックな展開に流れた後,王道の「神は細部に宿る」に立ち返って戻るのは,小説に限った話ではないが,難しい.ぬるま湯に浸かりぬる燗をちびちびとやる,居心地の良さに甘えてしまうからだ.ただ,小栗旬や吉高由里子と共演した,2009年秋の月9ドラマ「東京DOGS」など,俳優としての水嶋ヒロは好きである.

2010.12_05

次は,越乃景虎の「純米大吟醸」を飲む.米を極限まで磨き,吟醸香を最大限活かした純米大吟醸は,どの蔵元も差が微細で,やはり,芳醇な香りの後は,きりっと一本線が通った味わいを見せ,余韻はほどほどに,後味はすっきりしている.いずれにせよ,旨い.旨い酒をたらふく飲めることは,言葉などいらない,ただただ幸せである.


2010.11
算盤感情

2010.11_01

「666」は,『新約聖書』の『ヨハネの黙示録』に獣の数字として記述され,不吉な数であるらしい.「6」が3つ並ぶ「666」が3つ取れるナンバー.目を引いた.

2010.11_02

ボジョレー・ヌーボーが解禁されたので,近所のミニストップで2300円ほどの赤のボトルを購入して空ける.コルク栓でなく,キャップ栓のため,スタートダッシュのテンションは下がるものの,若さと深さが程よく調和した味わいには満足した.たっぷりのニンニクとホワイトセロリ(細いセロリ),牛ひき肉,トマト水煮缶詰,をオリーブオイルで炒め,塩とオレガノとエルトラゴンで味と香り付けをして,水分が無くなるまで弱火で煮込んだ自家製ボロネーゼをつまみながら飲んだ.にしても,家を出る時,コンロのロックをかけているはずだが,火が消えていないか心配になる.ココロの中の何が足りなくなってしまったのだろうか.

2010.11_03

唐津に行った.唐津焼のコーヒーカップを幸悦窯(二代:瀧下幸悦,息子:瀧下悦正)の展示販売所で手にした.唐津焼は,近所の伊万里焼が薄く白・青・赤で鮮やか且つ繊細に色づけするのに対して,厚ぼったく,土色とでも言おうか,落ち着いた茶と緑が自然のムラとして,自由闊達に器を走り回っており,明らかに実用的である.既に気に入っているが,これから何杯のコーヒーが注がれ,どんな変化を見せてくれるか,誠に愉しい.


2010.10
見栄えの感性

2010.10_01  2010.10_02

北海道に行った.ニッカウィスキーをすするため,小樽駅からJR函館本線で余市駅に向かうも,暖房が効いた車内は心地よく昼酒の酔いを浸透させ,二駅寝過ごして然別駅に着いた.無人駅で,駅前にコンビニはおろか,個人経営の商店・雑貨屋の姿さえない.美しい山際を遠目に見ながら,酔い覚ましを兼ねてぷらぷら駅周辺を散歩する.軒先に丸々とした大根を寒気にさらして干してある.冬に備え,雪に覆われる前に,ビビッドな色彩を一切排除して,淡く朽ちて枯れたような木々に覆われた山が迫っている.都会人の潤った肌もよいが,乾き,往年の皺が刻まれた肌をして地に足を着けた人々が暮らす田舎は,落ち着く.高齢化が進み,十年・二十年後,ここはどうなっているのだろうか?と考える.都会は人口が減っているのに,相変わらず高層マンションをどんどん建設しているようだ.建設業の仕事を作るために,核家族や一人暮らしの世帯を推奨しているのだろうか?と考える.都会と田舎(自身と他者のコミュニティと読み替えられる)の対比,田舎の移ろいを観察するのは,定期的に旅をする醍醐味であろう.北海道の訪問は,大学時分以来の7年ぶりであるが,当時との差は観察出来なかった.ただ,当時に比べて格段に各土地を歩かず,タクシーやらを使うようになり,目線が高くなってしまっているのだけれども.

駅周辺を数分歩いて戻ると,然別駅で降りた数人の中に,私と同じく小樽方面に折り返すホームにとどまっている女子高校生がいた.両親の迎えの車待ちだろうか,と思いながら,他に誰もいないし,小樽行きが来るまで暫く時間があるので,話しかける.「へへ,私も寝過ごしちゃって」とのことで,熱心に聞いていたヘッドフォンをしばらく外して会話に付き合ってもらったが,可愛らしい声で言葉少ないながらしっかりとした受け答えだった.小手先で言えば「すれていない」になろうが,他にしっくりくる表現が見つからない.いずれにしても田舎で,言葉少ないながらもしっかりと話してくれる若者と接すると,安心する.

2010.10_03

シェリー樽(樽番号601034)で熟成した北海道余市市蒸留所限定15年原酒ウィスキ(SINGLE CASK)をバカラ(Baccarat)の タリランド(Tallerand)ですする.仏蘭西の外交官タレーランに由来するこの名器が放つ大胆な光は,ウィスキに対する味覚と嗅覚に,視覚という視点と喜びを与える.照明を落とした書斎でアルコール度数62%の原酒を飲み進むにつれ,いよいよウィスキが発する怪しく奥深く吸い込まれそうな褐色のきらめきと共に,沈思黙考,夜は更ける.

2010.10_04

使っている携帯電話NOKIA(NM705i)に付属するカメラの解像度では限界がある.写真を左右に流れる電線の中央にある黒い点はヒトである.送電線整備の仕事とは言え,酔狂なヒトである.高さは100メートルはあろう.鉄塔を階段だかクレーン車だかで上り,万全の安全を確認した上で,送電線に自らを固定して,鉄塔てっぺんの土台を自分の足で勢いよく蹴って宙に浮く.下を見ると100メートル先にただ地面が広がるだけだ.間には重力と空気しか無い.風に揺られ,鳥と同じ目線で数100メートル移動して,次の鉄塔へ.別の送電線に自らを固定して,鉄塔てっぺんの土台を蹴り宙に浮いて,今度はバックする.これを繰り返す仕事.上空で,おずおずと作業着のポッケにしのばせたフラスコを取り出し,栓をまわして,分厚い下唇にあて,琥珀色のウィスキをぐびり,とでもやって気を紛らわせているのだろうか?としか思えない,酔狂な仕事である.漫画を原作にした映画カイジで描かれたいた鉄骨渡り.落ちても死なない高さならヒトはいとも簡単に渡れる.しかし地上74メートル,落ちれば死ぬ高さであれば,ヒトは落ちても死なない高さと同じ鉄骨を渡ることが出来ない.送電線整備の仕事をするヒトは,「落ちれば死ぬ」恐怖を前述のウィスキぐびりではなかろうが,何らかの方法で押し殺し,感情を消して,仕事をしている.ある思念を無に近づけて行動出来る,というのはとてつもない才能であろうに.


2010.09
見栄えの感性

2010.09_01

ゴーヤと隼人瓜の漬け物をいただいた.家庭菜園で栽培した野菜を,酒粕に年単位で下漬けと本漬けをした粕漬けだそうだ.以前,庭の畑で穫ったキュウリでぬか漬けを作ったことがあるが,梅雨時にぬか床を駄目にしてしまった.庭の水やりも,雨が降ったり寒い日だったりすれば手が掛からないとは言え,日々の手入れの繰り返しの賜物であるが,ぬか漬けは輪をかけて大変であった.当たり前のことを,時に喜びを見つけながら黙々と続けることは,やっぱり凄い.そして,その筆頭は家事なのだろう.周囲を見る限り,忍耐力が親の代に比べ相対的に減ったな,と感じることがあるが,杞憂ではないに違いない.さて,いただいた粕漬けは甘めの味付けながら,年季の入ったコクがあり,特に山廃の吟醸酒とぴったりであった.”酒飲み”の愉しみは,酒に合う食べ物を探すことに,芸がある.欲を言えば,ゴーヤの苦みは酒粕や塩と暮らした年月により薄れていたので,1,2ヶ月で食べても違う良さが楽しめたに違いないな,と感じた.きっとにごり酒にしっくり来るはずだ.

いただいた漬け物を持ち帰る日,仕事の帰りに何となく降りた石川台の飲み屋にふらりと入った.女将夫婦と意気投合し,息子の恋愛相談を,カウンターで一緒に座った,ガッツ石松(石松さんと呼んでいた)に腕相撲で負けたという,酒飲みの目から見て,酒場に集うものとして,誠に素晴らしい体型をした御方と受けることに.つい,女将に持ち合わせの漬け物を渡すと切り分けてくれ,会話はいっそう弾んだ.こういう時は,いい年の取り方はしているな,という実感がある.

2010.09_02

見苦しい写真を失礼する.と言うのも,老若男女問わず,足の裏が見えるように脚を組んで,公共の交通機関に何食わぬ顔で座っている方が,近頃特に目につくようになった.気難しさが増したからだろうか?とにもかくにも,足の裏を見せられて気分がいいはずはない.

2010.09_03

ようやく地デジ対応のテレビに替えた.画面の右上に常に表示されて邪魔だった「アナログ」の文字が消えたのが何より嬉しい.新聞を見ずとも,ワンクリックで番組表が見られるのもよい.ただ,リモコンの配置は疑問である.再生/停止/早や送り/巻き戻しは録画を見るとき,最も押す訳だが,ボタンが細く小さい.慣れもあるだろうが,リモコンにしばらく目を落とさないとなかなか目当てのボタンを探り当てるのが困難な配置をしている.「|>>」や「>>|」のような,録画タイトル自体を飛ばすボタンなどはあまり使われない気がするので,いっそ無くして,使う機能に特化して押しやすくするシンプル配置がよい気がするのだが.

家電に関し続けると,IPodなどのオーディオ機器には,曲ごとのボリュームを一定にして出力する機能をつけるべきだ.デジタルデータなので技術的にも難しくないのでは,と推測出来る.程よいボリュームで流れていたMadonnaの次に,シャッフルでAKB48がかかると,突然大音量で聞こえてくるので,その都度わざわざボリュームを調整しなくてはならない.イヤホンからの音漏れは,極度のマナー違反なのだから.Led ZeppelinのStairway To Heaven(天国への階段)やラベルのボレロのように,最初から最後までクレッシェンドがかかって,後半に連れ盛り上がる曲は調整が難しかろうが,デジタルデータなので,調整の方法はいくらでもあろう.各曲のボリュームの最大値を,ユーザが不快に感じる音量に設定出来る機能は,手持ちのIPod Miniにも「音量制限」の機能として備わっているので,もう一歩進んでもらいたいものだ.と常々思っていたところ,近頃Updateした,ITunes(Version:10)の環境設定を見ると,「音量を自動調整」として,曲の再生音量を自動的に同じレベルに調整する機能を見つけた.知らなかっただけで,昔からあり,最近のIPodには標準で搭載されているのかもしれない.CDは,アルバムの全曲のボリュームをバランスよくレコーディングしているわけなので,ボリューム調整の煩わしさの分,この点はつい先日までCDがIPodに勝っていたわけだが,その優位性は消えた.


2010.08
充実と投げやりの狭間で

2010.08_01  2010.08_02

会社勤めを始めた以降では,外出したという意味において,もっとも遊んだ中のひと月だったろう.2週たて続けて「宮崎駿の借りぐらしのアリエッティ」と「アンジェリーナ・ジョリー主演のソルト」を観た――本当は「トイレット」と「ヤギと男と男と壁と」も観る計画で休養した――し,逗子海岸花火大会に足を運び打ち上げ中,ひっきりなしに500ml缶のビールを喉に流し続けたり,甲子園に高校野球を観に行き有馬温泉でくつろいだり,相変わらず横浜の野毛や藤沢では帰宅途中に飲んだくれ,綱島では友人の知人たちと久々に集いゴーヤをむしゃむしゃ食べたし,仙台に楽天戦を観に行き牛タンやら塩竈で寿司を頬張ったりした.

だから何だろうか?心から笑ったか?喜びなどを共有したか?  分かっている.  大半はNo.だ.「大半」や「大抵」と言葉のうわべをぼかしても結局は「全部」である.「等(など)」や「例えば」と言う時は,大半の場合,他に何もなくゼロだ,と少なくとも当人は思っている.曖昧なものだ.

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依然として2010年は,さぼって帰りの電車で350ml缶1本だけ飲んだ日も,飲んだ日と呼ぶ場合,酒を飲まない休肝日がゼロである.肥えた体からは,暑い日であろうとなかろうと,少しエネルギーを使っただけで,普段飲んでいる酒のような汗が,鼻の頭やら額やら,みぞおちに,止めどなく浮いてくる.ぷよっとした腹をシャワーを浴びながら撫でる自分の姿を鏡に映したり,目線を落として直接見て,なんとなく悪くないと思えてきている.ただ,ピストン的な動きを連続する時に,体幹の動きについて来れず,腹のダブつきが別の意思で勝手に揺れるのには,慣れない.こういう場合は,きっと「悪くない」ではなく「好き」なのであり,「慣れない」とは,いずれ慣れることを望んだ裏返しでしかない.不健康さ,自堕落さ,が,天の邪鬼な性格でヒトを上から見て,冗談にもならない嘘を付くことで辻褄を合わせるための記憶力や思考力が研ぎすまされると勝手に解釈する身には,翻って,体にいい実に人間らしいことだ,と思ってしまっている.

というようなことを,有馬温泉の 御所坊旅館の浴衣を自宅で着て,酔い覚ましに考えている.

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2010.07
リーダシップと走ることの共通点

勤め先の勉強会でリーダーシップについて論じる機会があった.目的に向かい集団を纏めあげて筋道を示すことだ,のようなことをつらつらと書き,チェアマンからは高く評価された.話は変わるが,私は走っている.別の勉強会で10や20も年上の先輩氏たちがフルマラソンを完走したと聞き,今冬か翌春に自らもという目論みのもと,学生までの運動能力がまだ少しは持続しているという思い,少し運動すればすぐ全盛期を取り戻せるという勘が残っているという信じ込みから,3週間に2度程度,走っている.酒が翌日に残るようになり,仕事の集中力や持続力の落ち込みを感じ,少ない取り柄のはずだったスタミナが揺らいでいたというのがジョギングを始めた背景にある.しかし,練習不足で月末に参加した5Kmのマラソンでは,異常な炎天下とは言え,ぜぇぜぇ肩で息をし,挙げ句歩き,目標にしていた30分を切れないゴールになってしまった.そんな折,書店に村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)が平積みされていた.買い求める.読むと,『十人のうちの一人がリピーターになってくれれば,経営は成り立っていく.(中略).しかしその「一人」には確実に,とことん気に入ってもらう必要がある.そしてそのためには経営者は,明確な姿勢と哲学のようなものを旗じるしとして掲げ,それを辛抱強く,風雨に耐えて維持していかなくてはならない.』という,表現出来なかったリーダシップの一面が,具体的かつ論理的に記され,日々,朝に,1時間程度走り,マラソンレースでは歩かずに走り続けるさまが書かれていた.本には力がある.それを物理的に転換して活かせるかは私次第なのだけれども.

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2010.06
三十路

家でのウィスキーはもっぱらアイリッシュのブッシュミルズを続けている.飲み方はストレートと,朝食後にコーヒーにたらすアイリッシュコーヒのみだ.どうもウィスキーは他の飲み方が性に合わない.理由を考えると,どうも,あの素晴らしい茶とも琥珀とも,何とも魅惑的なトロミを持った液体の”色”が薄まるのが嫌みたいだ.同じ蒸留酒でも,無色透明なジンのカクテルは好きだし,焼酎は湯割りやロックにして,混ぜて楽しむのが常になっている.でもラムやウィスキーにブランデーは,ストレートがいい.まず,目で酔いたいのだ.開高健も,吉行淳之介との共著『対談 美酒について』(新潮文庫)で,『(ウィスキーを飲みながら)僕はストレートしか飲まないの.』と書いている.理由は違うかもしれないけれど.

三十歳になった.ダブリン(旅行記←クリック)からの帰国日にあたったため,時差の関係で実質半日少ししか,誕生日という時間を過ごせなかった.あと,ヨーロッパはスペイン・ポルトガルに行きたい.これは近いうちに実現するだろう.今回は帰国後,スペインが生んだ天才ピカソを先取りしてしまったけれど.何をして過ごしたかで感じ方は変わるし,実際アインシュタインの相対性理論は時間も歪むという概念だったはずだが,やっぱり,時間は本当に勤勉に均等に過ぎている,と言う感覚が最も自然に思える.その均等な時間軸の中に,ヒトは適当な区切りを打っているわけで,別段,三十歳になっても,少なくとも肉体的な急変はあろうはずがない.でも,精神的に,また世間的な見え方は違ってくるから不思議なものだ.ぶれずに時を刻んでいきたい.

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2010.05
ひとがいない

雄琴温泉&琵琶湖と,比叡山に挟まれた,JR湖西線の比叡山坂本駅の近辺を,車を待つ間ぷらぷら散歩したら,ふと目に留まった.ビニール製のカラスのカラスよけ.通りに人はいない.一応,電柱や電信柱にカラスの姿は見えない.こんなにのどかなのに,ごちゃごちゃした東京と変わらず,そんなのカラスは知らないよ,とばかりにカラスはいるようだ.

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2回目の広島訪問で,さして興味を持っていなかった原爆ドームを,ついでに見る.ツアー観光客に混じって,ガイドさんの説明に耳を傾けても,ゆっくりゆっくり数分かけてドームの外観をつぶさに見て一周しても,感じるものはなかった.歴史に対する教養,と,一般的なと言われる国民感情,つまりある事柄に対しては少なくとも多数派になりたい人の言い分,が不足しているからだろうか.

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夜の横須賀.ヴェルニー公園から岸辺を眺める.汐入で映画を観たり,横須賀中央でうどん(うどん工房「さぬき」)や酒(中央酒場,源氏,等)を飲んだりした帰り,JRの横須賀駅に乗り換えるために,ドブ板横町で外人さんを細目で眺めて,海沿いをぷらぷら散歩する.携帯電話付属のカメラの力では,夜景を写すのには力不足だ,と漠然としりながら,撮影ボタンを押してしまう.夜は寂しい.

2010.05_04 
2010.04
初の大阪

話し初めや,心ない軽い弁解や,話を核心からそらす「すいません」,及び,話終わりの「以上です」,そして「××ですね」の『ね』の乱用は,自分の言葉を安くする傾向にあるため,使わないように意識している.けれど,これが大層難しい.
さて,先週の久良岐公園とはうってかわって,代々木公園の桜は満開であった♪その分,圧倒的に人が多い.反面,楽しそうな人の割合は少なく見える.ひがみか.準備する人,盛り上げる人,片付ける人,迷惑をかける人,打算的な性格が色濃くなった若者世代は,平等という自分勝手で無茶な基準からの物差しでものを見て,自爆気味に気を悪くする.それを見て自嘲してしまう,私もどうかとは思う.どうも,ベンチで,コップ酒とちくわで一杯やっているおじちゃんの方が,幸せそうだ.桜や人ごみをちょっとしたアクセント程度に捉え,いつもより1ランク上の酒にしようかどうしようか,結局「いつも通り」のことをしている余裕が,いい.

2010.04_01

出張で大阪へ.広島,山陰,四国,九州に行く際,行ったり来たり,通過はしていたけれど,降りるのは初であった.じゃらんで予約した心斎橋の宿のベッドの上にブリーフケースを放り投げて,早速,外へ.まずは,福島の花くじらでおでんを.店名通りくじらのおでん(サエズリ,ころ)を頬張り,くじら以上に目を引いた「ねぎま」をむしゃむしゃすれば,あっという間にスズの容器であったまった2合の熱燗はコップに注がれ,次々と空になる.降りしきる雨の中,外へ出て,新世界へ移動.食い倒れ,とばかりに,串揚げ屋で,小振りの串を左手に,チューハイやハイボールを右手に,はふはふ,がぶがぶ.新世界は早くに閉まる店が多いようで,福島のおでんと来る順番が逆だったか.真剣師のような目つきが鋭い指し手がガラス戸腰に見える,ジャンジャン横町の将棋道場に足を踏み入れたくて仕方なく,後ろ髪ひかれる思いで,桜川のアポロビルで,無制限の見(飲み)放題を心行くまで楽しんで,出張の目的であるところの明日に備えて宿に戻った.

2010.04_02

二週連続での大阪出張である.知らない土地は,一度訪ねると,縁あってすぐに再訪する機会に巡り会うことが多い気がする.勝手を知ったる心斎橋のホテルにチェックインして,まずは,新世界の有名店・八重勝でどて煮に串揚げを頬張る.二度付け禁止,きゃべつ食べ放題,と,おお,大阪の串揚げ屋を思わせたが,地元のおっちゃん・おばちゃんというよりは,観光客や若者が多く,有名店の宿命か,値段も割合高いため,軽く飲んで出る.はしご酒の極意は,1軒2杯2品でさらりと,のため,その点は結果として合致した.通天閣で今週もパシャり.上下2枚の通天閣は角度だけでなく,1週間の時間の隔たりがある.
なんとも囲いがあって,場所が分かりづらい飛田新地を経由して,鶴橋のへ.ホソ,うちわ,ウルッテ,コリコリ,心ぞう,ハチノス,ツラミ,,,どんどこ焼いて,どんどん食す.肉に次ぐ肉が生ビールと胃でまざりあって,どうにもその重たさが心地よい.関西弁の女の子と喋りたい,ということで,道頓堀川ながれる,大阪ミナミへ繰り出す.絡み付くような大阪弁を堪能して,一度ホテルに帰って,明日に備えて,十三で癒しマッサージを受けて寝た.

2010.04_03

関東と関西でエスカレータの歩行者サイドが逆(関東では右が歩行・左は停止,関西は逆)と言うのは知っていたが,エレベータの押しボタンの配列もなんとなく違うように感じた.どこがどう違うかは観察不足で述べられないのだけれど,写真の関西の配置は,関東で見たことがない.

2010.04_04


2010.03
熱いのに暑いのに,でも,熱くない

高級ハンバーガがはやっているようだ.確かに,ライトなビール瓶を片手に,かぶりつくのは気持ちがいい.にしても,高級ハンバーガってやつは,どうにも厚すぎやしないか?顎の骨が外れる思いで,がぶりとやっても,肉やアボガドやトマトや,具がパンの後方にハミ出て,手はどろどろ,唇のまわりはべとべと,まるでエッチの途中みたいになっている.このエロスが受けているのか!?やっぱり,MOS BURGERのハンバーガーくらいが,自分の身の丈には合う.でも,唇のまわりはやっぱり,べとべとになるけれど.

2010.03_01

上大岡の久良岐公園に花見に行く.途中,追浜の掛田酒店で一升瓶を仕入れる.にしても,噂にたがわぬ品揃えだった.おじちゃん,おばちゃん,お兄ちゃんの家族経営が脈々と時代を作ってきたことを,一目で感じさせる雰囲気.ほこりっぽさに届かないぎりぎりの古き良さを持った,酒屋であった.近所に住んでいたら日々の晩酌と毎週通いのローテーションを確立することになったに違いない.そして,公園に花がない.寒い.掛田酒店のおじちゃんの,燗につけても旨いよ,の声が心で繰り返される.熱くさせる道具も心もない.老夫婦を見ながら酒を飲み,別の老夫婦に残った酒をついで,寒空の中帰る.上大岡駅前で食べたサンマー麺はあったかかった.

2010.03_02

今年も高松宮記念に参じる.知立でたこ焼き(しょうゆ味!),名鉄名古屋本線の中京競馬場前駅の前後駅からぷらぷら1国(東海道)を歩く傍らに見つけた,味噌煮込みうどんで腹は満ちていたので,競馬場内ではビール一杯で精一杯.馬券は,やはりかすりもしない.勝浦正樹騎手は,昔のおいしい思い出もあり,野球で言う広島カープ的なポジションを感じさせるあたり,大好きなジョッキーなのだが,いかんせん近頃の応援はからぶりしている.名古屋に行き,目当ての大須の『角屋』に直行する.まずはコップに熱燗とレバー,しんぞう,砂肝を2本ずつ頼む.焼き鳥屋には,「1種類2本以上」「(炭を使っているので)1度の注文は5本以上」と言った暗黙のルールがある場合がある.初めての焼き鳥屋では,まず,2本ずつを3種類で6本頼んで,常連客の頼み方を見るようにしている.日本酒を頼むと,店のおばちゃんは,心なしか和らいだ表情になると感じるのもなんとも好きである.千秋楽の相撲をおじちゃんたちと見ながら,空串と空コップを重ねていく.ほろ酔いで店を出て,新栄の『味泉』までてくてくと歩く.目当ての青菜炒めと台湾ラーメンを,紹興酒と合わせて,嗚呼満足.翌日の岐阜のクルミが割れているようなので,帰る決心をし,名古屋駅へ向かう.が,満腹,酔いが回り気味なのに,足は地下街へ向かう.残念ながら足裏マッサージ屋は店じまいだったので,(のでの接続はおかしいのを承知で)吸い込まれるように矢場トンで,ビールに味噌かつを胃に収めてしまった.帰りはむろん,新幹線で500mlの缶ビール三昧である.翌朝はすっきりとした目覚めをもって,琥珀色の空を見ながら,嗚呼,悠々自適.

2010.03_03


2010.02
寂しさに咲く花(ホ)

淡い.暗い.そして,遠い.ジリジリと音を立てて,切れかかった街路灯が,光をふりしぼる.頭上には,まん丸の月が,星を従えずに,孤高に灯る.人影がない,雪の積もった公園をシンシンと歩く.やるせない気がのしかかる.実にやるせないのだ.頭に浮かぶのは,言い訳,嘘の弁明,仕事のこと.実につまらない.

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言葉のキャッチーボールを人と交わすと,上っ面の脳みそが急回転して,反射的な,たわいもない回答を,無意識に返している.しばらくして,血を通って,脳内に襲ってくる,反省.だが,その反省は,次の反射には反映されない.だって,考えている場所が違うから.情報を共有していない脳間通信だから.

2010.02_02

気がつけば,荒れて,暗い公園に一人,いる.


2010.01
こと始めの心の中だけ

カレンダの並びのせいで,今年は例年よりも早く,1月4日に初詣に参じる.みくじは中吉,小銭を数枚の賽銭での願いは,公開する類いのものではない.

2010.01_01

横須賀勤務の帰りに,京浜急行汐入駅で下車し,HUMAXシネマズ8のレイトショーを観て帰るのが,いい気分転換と話題作りになる.下車した駅周辺の飲み屋は,焼き鳥・もつ焼き屋の赤提灯→お好み焼き屋→中華屋,の優先順位で,片っ端から巡りたくなる性が,学生時分から,鈍行で日本中を回って以来,どうにもしみついている.汐入の焼き鳥屋には,米海軍の兵隊さんが,英語・日本語とも堪能な女性連れでたむろし,大声で喋り,映画館にもやっぱり兵隊さんが女の子とグループで訪れ,大きなリアクションで,スクリーンに反応している.どぶ板通りに足を踏み入れずとも,十分に,プチ異国を味わえるのが心地よくもあり,少々うっとうしくもある.帰路,JRの横須賀駅まで,灯りはまばらな海づたいの公園を歩きながら,タバコの火をくゆらせて闊歩し,暗ーいトンネル脇のさびれた踏切を歩けば,どうにも哀愁が心の中を溢れ,頭を繰り返しよぎるのは,初詣で願った思い.

2010.01_02

岐阜に来た.めざすは,長良川温泉.駅周辺の酒場めぐりに加え,見知らぬ地で,目的地まで10Km弱ならば,散歩して向かうべし,という旅の方針は,15年来,体に覚え込まれた反射動作だ.バスやタクシー乗り場を見向きもせず,足は,商店街に向いてしまう.足早に,あちゃこちゃ,所謂,観光名所を車で巡るよりも,路地を歩き,ぶらりと古ぼけた暖簾をめくって,食事処で定食を食べ,また歩いて,喫茶で一服する方が,身にしみる.土産話にはしにくいが,ふとした話題に奥行きが出るってものだ.地元民にしたら何の変哲もない,十字路や三叉路で,どっちに行こうか,通りの先を覗いて,想像して迷うのが,何とも「旅」である.道でキャッチボールをしている親子.子供が球をそらし,私の足下まで転がってきたCサイズの軟球を,山なりのバウンドで子供に返してやる.「ありがとうございました」の爽やかな声が,こだますことは分かっていながら,尚,現実に起きた,その素直さにほっとする.岐阜駅から,金華山の山ぎわを見ながら,緑しげる山づたいの道を,てくてく,長良川に向かう.地元の,スラリと伸びた足をスゥエットにぴちっと包み,テンポよく回転させ,どこもシェイプアップしなくとも,ギュッと,いやキュっと抱き心地がよさそうな,そんな妙齢の女性がジョギングして脇を抜けていく.やっぱり女性のスタイルはスカート+ブーツよりも,パンツルックの方が如実に出る.ブーツが似合わないのは論外であるが,尚,パンツルックは女性のスタイルを選んでくれる.こんな女性のジョギングが,何とも似合うような,街と自然がぼちぼちと共存している地方都市の端っこを歩く.ふと,開ける.善光寺の文字.7年に1度,御開帳の長野は善光寺と縁が? と思いながら足を踏み入れると,えんえんと,道が山に向かって伸びる.どうにも,同じ道を戻ることは嫌いなので,いかにも一本道を歩くのは気が重いが,続々と車で乗り入れ,人が頂(いただき)目指して上っていくので,倣う.と,いつの間にか,伊奈波神社!の文字が.寺と神社が敷居なく同居しているわけだ.伊奈波神社で,賽銭もやらず,性懲りもなくお願いするは,同じこと.

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長良川温泉,十八楼の部屋から川を見ている.自分が止まって周りが動くのは,いいものだ,と思う歳になったものだと,改めて感じる.日常でも,口だけで,行動や身が伴わなくなったと感じるシーンはぎっしりと散りばめられていながら,歳と共に,無反省や責任逃れといった札を従えて,心を支配する何かにおしやられて,普段は見えなくさせられているものだ.この感受性の回帰を旅情と括ってしまえば,もう,十分に旅をしたわけだ.後は,奇麗な仲居さんが運ぶ飛騨牛やら薬草の何とかを肴に,ひたすら,日本酒を体内に流す.鉄分豊富な褐色な湯に浸かる.ミストサウナで,初対面の人と我慢比べをする.そして,リフレクソロジーを頼み,続いて,部屋にマッサージ師を呼んで,畳にしかれたふとんに横たわって,ああ至福.翌朝,響きで水割った後は,ただただ,先っ興奮しっぱなしである.でも果てる間際に心中を呼応するは,やっぱり,同じ.

2010.01_04

夕下がりの名古屋・伏見に戻り,大甚でタラコや烏賊煮をアテに,大徳利(1.8合)を2本,きゅっと空ける.味噌オデン・味噌串カツ・スジ煮込みを惜しんで,島正は諦め,矢場町の味泉で,紹興酒に青菜炒めで勢いをつけて,大蒜たっぷりの台湾ラーメンをふーふー食べ,加速.帰路の新幹線で缶ビールを思いっきり流し込んで,爆睡!せめて,夢の中でくらいは願いよかなえ!
とは当然行かず.夢は,結局のところ,自力で達成・実現するものなのだ.