札幌・小樽・余市を呑みに行く

学生の頃は,毎夏,年によっては冬も,青春18切符を使って北海道に渡った.王道の東北本線,ひねりをきかした常磐線による太平洋沿いの北上,深夜快速ムーンライト越後で時間と距離を稼いで羽越本線→奥羽本線と乗り継ぐ日本海ルート――特に途中で五能線に折れるルートは最高であった――,本州を北上する途の結び目である青森を経て,快速海峡号や奮発して急行はまなすで札幌に向かったものだ.たっぷり2日間かけて.途中下車で温泉に浸かり,移り行く地の人々を眺めながら.

さて,久しぶりの北海道である.羽田から2時間もかからずにあっと言う間に着いた.この7年間で,東北本線の八戸―青森間がJRでなくなったり,青森から青函トンネルを経て函館に直結する快速海峡号(=乗車券のみで乗れる)が廃止されたりで,今,北海道へ鈍行で渡るにはとつてもない時間がかかるようになった,という情報は頭にある.でも,違う.今は金はあるが時間はないのだ,しっくりこない.生き急いでいる,近いけど漠然としている.結局,顕在化している五体不満足な点はなく金があれば,どうにでも調整はできるのだ.要は,結果だけ求め,過程を楽しむ心の余裕がなくなった,ということだと理解している.その歯止めは「嗜好」であり,時間の寄り道として酒に溺れに行く,と自分に言って聞かせてみる.酒を飲んでいない時の方が「思考」は混沌としている.

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千歳空港から札幌行きの快速に乗って先を急ぐ都会人を横目に,各駅停車に乗って札幌ビール庭園で降りる.無人駅にSuicaが使える自動改札というアンバランスさが素敵な駅舎を背後に,歩調速く,歩幅大きく,足早にレストランに入る.入店前から注文が決まっていた,大ジョッキ(900ml:1,000円)と生ラムジンギスカン(野菜付き一人前1,300円)を頬張る.ビール園と聞いて頭の中にある大ジョッキは,黄金色の液体2リットルを重くぶ厚いガラスが包み総重量3キログラム,上腕二頭筋の筋トレのように力を込めてグラスを持ち上げ,少し軽くして,テーブルに置き,またすぐに持ち上げて,を繰り返すわけだが,ここのはなんとも軽く寂しいジョッキだった.生後1年または13ヶ月未満の羊肉をラム肉,それ以上経つとマトン肉と呼ぶ.女性の陰部のように思える複雑ながらたまに鼻を突く,そんな香り高い生ラム肉を食(は)み汁をすすって,よく味が染みた味噌づけラム(一人前1,400円)を飲み,ビールを流す,満足いくまで,ただただこれを繰り返す.

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17時の開店に合わせてだるま(本店)の戸を引く.中央が盛り上がった半円型の焼き具が,油を吸って黒くテカって待っている.以前訪れた時の記憶では,さきにもやしやキャベツの野菜を高く盛って,水が出てしんなりしたら,ラム肉を焼くのが「だるま」のジンギスカン(一人前735円)だった.しかし,野菜にもやしは無く,肉を中央で焼いて,赤らみ始めながらレアのラムの色が残る食べごろで,タレの小皿に引き上げ,口へ運ばれなかったラム肉たちを野菜の上に置き,焼け過ぎを防ぐ方式だった.私の中の記憶は,博多のもつ鍋だったか.たらふく飲んだビールと,炭火であたためた焼き酒をとろりと飲んで,心酔,目はとろんとして,すすきのの素敵な夜は,時間が経つにつれてぼんやりしていくのだった.

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JRで昼前に小樽へ移動する.頭の中は概ね寿司が占めている.小樽に近づくにつれ,車窓の左に,目当ての政寿司と印字したビルが見え,気分が高揚した.運河へ通ずる駅前通りを右に折れて,アーケードをくぐり,まっすぐに向かう.自惚れていた方向感覚に惑わされて散々探し,ぐるっと大回りしてたどり着く.30分ほど歩きさまよい,喉は程よく乾いており,座したカウンターの左を見ると先客が瓶ビールをコップに傾けている.メニューをつまみあげ,一目散に探すは地酒であり,即,宝川(300ml:1,200円)を注文する.地魚の新鮮な滋味と米の酢加減や炊き具合の掛け合いを楽しむのに,大味で炭酸のビールでは厳しい.いいアンバイのシャリに,さらさらと上質な水を思わせる好みの日本酒は口内で鼻孔にほのかに薫り,カウンター越に握り手と程よくネタについての会話を挟んで,食は進む.街には白い綿のようなものが浮遊しており,花粉?ゴミ?と思って聞いてみたら,雪虫と言い,アブラムシの一種で,現れると一週間以内に雪が降るとのことだった.現に訪ねたのは10月24日で,2010年の初雪は2日後の26日に観測されている.初雪を予測する気象予報士は,雪虫の動向に注目しているに違いない.横目でビールを飲んでいた客が,おまかせ握りの最後に軍艦巻きのウニとイクラを残していたのが横目に見えた.ウニとイクラは北海道の代表ネタであり,好物を最後まで取っておく性格の観光客と御見受けしたが,海苔は巻きたてのパリパリを楽しむもので,最後に湿ってしんなりした軍艦巻きをうまそうに頬張っている光景は,おせっかいにも気になった.初めて飲んだ小樽・宝川は大当たりだったので,大吟醸(300ml:2,200円)に進む.こぼれイクラ,つまみにいくら小鉢を相方に,スプーンで薄目に味付けられた醤油漬けいくらのつぶつぶを口に運んでは,鮮麗な吟醸香を合わせて楽しんだ.
余市に向かうJRは1時間に1本ほどしかない.時間まで運河沿いを散歩するが,目は地ビールに止まり,足は反射的に店内に向き,小樽倉庫No.1に身体は吸い込まれた.コクのありそうな,ラインアップで最も色が濃く光を通さない茶褐色のドンケル(中ジョッキ:650円)を飲む.店内では,マイスターが指導してビール作り体験をやっていた.体験者の奥さんとの会話で,家でビール作ってますよ,というと,驚き,わざわざ作りに来ているのに,というやりとりがあった.

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余市にウィスキを飲みに行く.ジョン・ポールのマスターに飲ませてもらったニッカウィスキの原酒の記憶で到着前から喉が鳴る.駅前から数分歩いてゲートと受付をくぐり,ガイド付きの観光客にくっついて製造工程の解説を耳にすり抜けさせて進む.敷地は広大で,色彩は淡く褪せている.北の大地が冬真近という情報が,薄いセピア色のフィルターとなって,眼球の裏にできていたのかもしれない.無料の試飲所で,アップルブランデーとウィスキ2種を楽しんで,シェリー樽浸けアルコール度数62%の原酒15年(10,000円)を買って帰った.

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羽田行きの飛行機が飛ぶ時間まで札幌市内をぶらつく.二夜のすすきのめぐりで浴びた酒が,脇腹にただよっているような気分だ.すしざんまい(すすきの店)に入り,喜び(1合:600円)と,札幌の地酒・千歳鶴なまら超辛口(1合:600円)と,いくら小鉢をつまみにスプーンでぷちぴちとせせっては,酒をすすって口を洗い,ハーモニーを楽しむ.明るい照明の活発な店員が動き回る店内で,客が昼から軒並み堂々とした笑顔で酒を飲んでいる,気持ちのいい店であった.今朝添い寝しながら聞いたGARAKUで,たっぷり7種きのこスープカレーを超辛(ピッキーヌ入り)(950+100円)で腹ごしらえ.ハイネケンを飲みながら,飲むのより速く,辛いスープは汗と共に今朝までにたまったアルコールもある程度は掃除してくれたのだ,とよい方に考えながらスプーンを口に運ぶ.運ぶにつれ腹はふくれている.
札幌ビール園にビールとジンギスカンを求める.サッポロビール庭園と同じ値段,同じサイズの生の大ジョッキで,生ラムジンギスカンを焼いては流し,焼いては流す.今回の訪問で,ここのジンギスカンが一番切り方が薄く,脂身が少なく,赤身がかっていて,乳臭かった.だだっ広い店内は平日の昼でがら空きだったが,会社の宴会らしき集団が飲み放題&食べ放題していた.面々の顔つきは,夜の店の皺やら陰が刻まれていなかったので,北海道大学で学会が終わった打ち上げか何かか,と想像を巡らせた.サッポロファイブスター(グラス:480円)に,骨付きラムチョップ(1本:480円)を合わせ込んで,ぐったりたっぷりした腹をさすって帰った.

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